書けないことを書く

 実は、というほどのこともないのですが、誰々と遊びに行った、どこどこに何を食べに行った、といったことを文章に書くのが苦手だったりします。小学生のころからそうでした。小学生のころは、「先生あのね」という日記帳を毎日担任の先生に提出する課題があったのですが、その日記のなかでも、「なぜ今日僕は書くことがないんだろう」などというひねくれた日記を書いては、「ひねくれた文章が書けたな」と一人悦に入っていました。はなからひねくれているんだと思います。
 二元論でもないんでしょうが、僕と客体という存在があって、客体のなかにいかに自分をはさみこんでいくか、というのが世界に対する僕の基本的な認識です。だから、誰々とどこどこに遊びに行った、を書いてもいいのですが、そこに何らかの自分の視点をはさみ込みたいと思っています。
 とはいえ、書き続けることが大事です。あるマンガ家の方は、上がり続ける自分の作品のレベルについていけなくなって、原稿を落とすことを覚えたと何かで読んだことがあります。僕の文章なんてその方にはおよびもつきませんが、しかし、前に書いた文章がちょっと自分で満足できる出来だったからといって、次にそれ以上のものを書こうと思えば、ハードルはどんどん高くなって、やがては自分自身がこしらえたハードルを越えられなくなってしまいます。小学生のころは、それこそ毎日日記帳を書いて、それでいてほかの宿題もして、習い事もして、遊びほうけていたのですから、見習わなくてはいけません。
 なぜこんなことを書いているかというと、今書くことがみつからないからにほかなりません。でも、小学校のころのように、書くことがみつからないことを書くくらいの気概、図々しさ、ふてぶてしさがあってもいいんだろうと思います。