時には昔の話を

 1982年ごろだろうか、私は某私立幼稚園の入園試験を受けさせられた。受けさせられたというのは、それまでまったく何の試験準備もさせられず、だしぬけに当日入園試験に連れていかれた事実に表れているように、それが私の意志ではなく、完全に親の意志によるものであったためである(この、私が望んでもいない学習機関にだしぬけに連れていかれるという行為は、その後も何度か強制執行されることになる)。
 当日、私は自由遊戯なる試験に臨んだ。文字通り、教室のなかで何をして遊んでもいいという試験である。教室のなかに放り込まれた私は、見知らぬ幼児たちのなか、積み木やら何やらを目の前にすると、何だかいたたまれなくなってきて、何をして遊んでもいいというのに、試験の最中にもかかわらず突如教室から脱走した。学園の正門から外に逃げ出ようというところで、後ろから追いかけてきた親に捕まって大目玉をくらった。思えば、これが私の集団嫌いの嚆矢だった。
「受かるわけない」とあきらめていた試験であったが、何の不手際があったのか、私はその幼稚園に入園を許可された。在園中、友だちや好きな女の子ができたり、放課後の催しで小錦と相撲を取ったり、存外楽しいこともあったという。それにしても、入園試験から脱走したにもかかわらず入園を許可されたというのは、今になっても謎である。