「ポケットに物語を入れて」

 角田光代の「ポケットに物語を入れて」より。

 女と料理が書けたら作家は一人前とどこかで聞いたことがあるが(これも開高健が引用しているが)、女はともかくとして、味について書くのは本当に難しい。味覚というのは自分の口のなかという、あまりにも個人的な部分で生じるものごとで、しかも、感情のように抽象ではなく、まぎれもなく具体であるわけだから、感覚を押し開いてその具体をつかまえ、言葉に変換しなくてはならない。自分で書いていると、この難しさはまざまざと実感させられる。自分の感覚に耳を澄ますことがまず難しいし、それをなんとかクリアすると今度は、言葉の限界にぶちあたる。とろけるような、だとか、まったりした、だとか、ほのかな甘みが、だとか、どこかで聞いた退屈な言葉を一掃して、自分の言葉をさがさなくてはならない。私は幾度も、己の言葉の少なさ、狭さにうなだれた。いや、今も味について書こうとすると、決まってうなだれている。
 その点、開高健はすごい。「言葉にできないと絶対に書くなかれ」と言うだけのことはあって、それはもうすさまじいほどの勢いで、味というとらえどころのないものをつかまえ、解体し、持っている言葉を総動員して、書く。『ロマネ・コンティ・一九三五年』の、二種類のワインについての記述は、読んでいるだけで鳥肌がたつ。言葉というものの可能性を知る気がする。

 やはりこの一冊も、私にとっては爆発物だった。読んでいるあいだずっと、自分の薄っぺらさを実感させられ、何かを書く気力が失せた。仕事なんかすべて放り出してどこかへ逃げてしまいたくなった。やむなく書かざるを得ない食べものの記述はとくにこたえた。おのれの言葉の貧弱さ、ひいては感情の貧弱さがいちいち目につく。それでもなんとか机にしがみついて締め切りに向け文章を書き続けたのは、ある信条が私にはあるからだった。

ポケットに物語を入れて (小学館文庫)

ポケットに物語を入れて (小学館文庫)